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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8118号 判決 1971年8月31日

原告

森崎泰

被告

有限会社文栄印刷所

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは各自原告に対し金一〇二〇万〇七一八円およびこれに対する昭和四四年八月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四三年七月一三日午後九時四〇分頃

(二)  発生地 東京都中央区馬喰町三丁目三番地先路上

(三)  加害車 普通乗用自動車(練馬五る四三二六号)

運転者 被告 本間正夫

(四)  被害者 原告

(五)  態様 横断歩行中の原告に被害車が衝突した。

(六)  原告は、右大腿骨骨折、左下腿骨開放骨折の傷害を受け、加療約一年間を要した。

(七)  また、その後遺症は自賠法施行令別表等級の七級に相当する。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告有限会社文栄印刷所は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告和田は、被告会社の代表取締役として被告会社に代り現実に被告本間の業務執行を監督すべき立場にあつたものであるから、民法七一五条二項による責任。

(三)  被告本間は、前方左右の安全確認注意義務を怠つた過失を犯し、本件事故を惹起させたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

三、(損害)

(一)  治療費等

原告は本件事故で受けた傷害の治療のため、次のとおり、合計金一八五万二〇三八円の出費を余儀なくされた。

1 治療費 金一二一万九四二〇円

2 付添看護費 金五五万九四四五円

3 雑費 金三万七一七三円

4 交通費 金三万六〇〇〇円

(二)  休業損害

原告は、訴外合名会社三業商会に勤務していたが、本件事故による受傷治療のため、同社を退職するにいたつた昭和四四年五月二〇日まで休職を余儀なくされ、そのため金四五万五五〇〇円の損害を蒙つた。

(事故当時の月収) 金三万三四〇〇円

(昭和四三年の賞与) 夏期金三万八〇〇〇円、冬期金八万三五〇〇円

(三)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり得べかりし利益を喪失した。その額は金五九三万〇〇七五円と算定される。

(事故時) 二四才

(稼働可能年数) 三六年

(労働能力低下の存すべき期間) 三六年

(収益)

原告は本件事故当時前記のとおり、毎月金三万三四〇〇円の収入をうるほか年二回金三万八〇〇〇円と金八万三五〇〇円の賞与をえていたので、その年収は金五二万二三〇〇円となる。

(労働能力喪失率) 五六パーセント

(右喪失率による毎年の損失額) 金二九万二四八八円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式年別計算による。

(四)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み金二〇〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告は金一〇二三万七六一三円およびこれに対する訴状送達の日の翌日以後の日である昭和四四年一〇月一九日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯しての支払いを求める。

第四、被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)の事実は認める。(五)の事実中衝突したことは認めるが、その態様は否認する。(六)の事実中傷害の点は認めるがその程度は不知。(七)の事実は否認する。

第二項中、被告会社が加害車を所有していること、被告和田が被告会社の代表取締役であること、被告本間に過失があることは認めるが、被告本間が被告会社の従業員であるとの点および被告和田に責任があるとの点は否認する。

第三項中、原告が治療費金一一九万七六二〇円、付添看護費金五四万五七九五円の出費をしたこと、原告が合名会社三業商会に勤務していたことは認めるが、月収金三万三四〇〇円との点および後遺症があるとの点は否認する。原告の月収は金三万円で、右訴外会社より支給を受けていた。その余の事実は不知。

二、(事故態様に関する主張)

本件事故は、安全地帯にいた原告が、酒に酔つて加害車に背を向けてとび出したため、加害車が原告に衝突したものである。

三、(抗弁)

(一)  右のとおり、事故発生については原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(二)  損害の填補

被告らは、原告に対し、本件事故発生後治療費金一一九万七六二〇円、付添看護費金五四万五七九五円を支払つているので、賠償額からこれを控除すべきである。

第五、抗弁事実に対する

抗弁事実中、弁済の点は認めるが、原告に過失があつたとの点は否認する。即ち、原告が当時酒を飲んでいたことは事実であるが、原告は交通の危険を回避し得ないほど泥酔していたわけでなく、原告は事故当時の時間からすると、都電の軌道敷内を車両が右側から進行してくることは予想せず、そのため左側を進行する車両のみに注意を払つていたのである。一方、被告本間は制限速度が時速四〇キロメートルのところを、時速五〇キロメートルで進行し、安全地帯上にいる原告を手前二〇・四メートルで発見し、一〇・五メートルの地点で接触の危険を感じているにも拘らず全く警音器を使用していないなど、被告本間には重大な過失があり、本件事故は同人の一方的過失によつて惹起されたものである。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

(一)  原告が、昭和四三年七月一三日午後九時四〇分頃、東京都中央区馬喰町三丁目三番地先路上において、被告本間運転の普通乗用自動車(練馬五る四三二六号)に衝突され、右大腿骨骨折・左下腿骨開放骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷の治療のため、昭和四三年七月一三日から昭和四四年五月二三日まで東京都墨田区両国二丁目所在の田島病院に入院して治療を受け、退院後は大分県佐伯市の両親の下で静養し昭和四五年六月一七日再び田島病院に入院し、髄内釘抜去の手術をし同月二六日退院したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は後遺症がある旨主張し、〔証拠略〕によれば、再手術するまでは大腿骨骨折整復時に使用した髄内釘が遺残するため、右下肢・膝関節の逢動機能に軽度の障害を遺していたことが認められるが、再度の手術により右髄内釘を抜去したというのであるから、特段の立証のない本件では、右機能障害はなくなつたと認めざるを得ない。ただ、〔証拠略〕によれば、天気の悪い日には、原告は、足に痛みを感じたり、けいれんを起すことが認められるが、右程度以上に後遺症が残つたことを認めることのできる証拠はない。これによれば、原告の後遺症が自賠法施行令別表のいずれかの等級に該当する程度であつたことは認め難い。

(二)  そこで、次に事故の態様について判断するに、〔証拠略〕によれば、本件現場は、浅草駅と小伝馬町を結ぶ車道幅員一八・一メートルの道路と、両国橋と岩本町を結ぶ車道幅員二四メートルの道路が交差していること、両道路の中央部分は、いずれも都電軌道敷となつており、同交差点の岩本町方面に向つて、道路中央より左側の部分に、長さ三一メートル幅一・五メートルの都電の安全地帯があり、その両国橋側端は横断歩道に接していること、同所付近の制限速度は時速四〇キロメートルであること、原告は当日午後六時頃退社後ビール中ジヨツキ二杯を飲み、神田駅に行くため、青信号にしたがい、交差点の小伝馬町方面よりに設けられた横断歩道を横断し、ついで岩本町方面よりに設けられた横断歩道を横断し始めたが、信号まちのため、前記都電の安全地帯に上がつていたこと、原告は左側岩本町方面からの車がとおつたので安全地帯から都電軌道敷内に降り、道路をわたろうとしたが、その時には右方の確認および信号確認を怠つたこと、一方被告本間は加害車を運転し、両国橋方面から岩本町方面に向かい、時速約五〇キロメートルで都電軌道敷内を走行し、同交差点の信号が青信号だつたので、その信号にしたがつて交差点に進入し、前記安全地帯にいる原告を約二〇・四メートル手前で発見したが、漫然そのままの速度で進行し、原告に約一〇・五メートルに近づいた地点で、自己に背を向けて都電軌道敷内に降りた原告を見て、急制動の措置をとつたが間に合わず自車左前部を同人に衝突させるにいたつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二、(責任原因)

被告本間に本件事故発生につき過失があつたことおよび被告会社が加害車の所有者であることは当事者間に争いがない。しかし、被告和田については、被告会社代表取締役であることは当事者間に争いがないが、進んで代理監督者責任を負わしめるためには、直接加害車運転手たる被告本間を選任し、その業務執行を監督すべき立場にあることを要するところ、この点についての立証はないから、被告和田に代理監督者責任を帰せしめることはできない(なお、被告らは、被告本間が被告会社の従業員でないと主張するが、〔証拠略〕によれば、被告本間は被告会社の従業員であることが認められ、右認定に反する証拠はないが、右事実だけでは代理監督者責任を認めるわけにはいかない。)。

三、(損害)

(一)  治療関係費

原告が治療費金一一九万七六二〇円および付添看護費金五四万五七九五円を支出していることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は再入院のため金二万一八〇〇円を支出したことが認められるが、原告が交通費として請求している部分についてはこれを認めることのできる証拠はない。

それによると、原告の治療関係についての損害は次のとおり算定される。

1  治療費 金一二一万九四二〇円

2  付添看護費 金五五万六七九五円

原告が再入院に際し、現実に付添看護費を支払つたことを認めることのできる証拠はないが、前記認定の手術をしたことに鑑みると、再入院の期間中付添看護を要したと推認され、また右付添のなされた当時付添人日当が一日当り金一一〇〇円を下らなかつたことは当裁判所に顕著な事実であるから、右割合による金一万一〇〇〇円を前記争いのない付添看護費に加算する。

3  雑費 金三万七一七三円

前記認定の原告の入院日数に鑑みると、原告が入院期間中、日用品等の購入や連絡通信費、栄養補給費等治療に伴なう諸雑費を支出しており、その総額は少なくとも右金額以下ではないと推認される。

(二)  休業損害 金四〇万八二六〇円

原告が事故当時訴外合名会社三業商会に勤務していたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四三年七月一四日から昭和四四年五月二〇日まで同社を欠勤し、同日付で退社したこと、原告は同社から、月平均金三万二四七六円の給与支払を受けていたが、その休業期間中同社から支給されたのは昭和四三年七月二〇日までの七七九八円のみであること、原告は本件事故により受傷していなければ昭和四三年一二月には冬期賞与として金八万三五〇〇円の支払を受けられたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。原告は昭和四三年の夏期賞与分も請求しているが、〔証拠略〕によれば、これが受領済であることが認められるので、原告のこの点の請求は認められない。

してみると、原告の休業損害は給与損金三二万四七六〇円(一〇ケ月分)と賞与損金八万三五〇〇円の計金四〇万八二六〇円である。

(三)  逸失利益

原告は後遺症があることを前提とし逸失利益があると主張するが、原告に後遺症があると認め難いことは前述のとおりであるから、この点の原告の請求は理由がない。かえつて、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四五年一〇月一八日訴外南洋ハワイ観光株式会社に入社し、営業課長として月約九万円の収入を得ていることが認められる。

(四)  慰藉料

前記認定の本件事故態様、治療期間と治療状況など諸般の事情を検討すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害は金一二〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

四、(過失相殺)

前記認定の事故態様によると、加害車の運転手である被告本間は、自動車運転手として遵守すべき、歩行者がいる安全地帯の側方を通過する際には徐行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然時速約五〇キロメートルの速度で通過しようとした過失を犯し、そのため本件事故を惹起しているのであるが、しかし、原告自身も、幅員の広い、交通量の多い道路を横断するに際し、右方から走行してくる車両への注視を怠り、しかも歩行者側には赤信号であるのに拘らず、その信号を確認することなく、漫然と横断を開始しようとした重大な過失を犯していることが認められ、このような原告の過失と被告の過失を対比して考えると、原告の損害のうち少なくみても五割以上について過失相殺するのが相当である。

五、(損害の填補)

してみると、原告が被告らから金一七四万三四一五円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、原告の被告会社および被告本間に請求し得る損害金は既に填補されているといわねばならない。

六、(結論)

よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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